静中の動を犬に見る 尾形聡子

私がそれに気づいたのは、うちの犬がほかの犬とあいさつをしている時だった。

クンクンと穏やかに匂いを嗅ぎ合っているようでも、相手の犬は突然吠え出したり、急に体をひるがえしてちょっとした戦闘態勢を取ろうとしてくることがある。あいさつの様子を観察していれば、相手の犬の次の行動が予測できるものの、それでも急に吠え掛かられれば思わずこちらの体は反応する。リードを持つ手に力が入ったり、ちょっと後ずさったりしてしまう。想定外の早さで反応してくる場合はなおさらだ。

このような場面に何度か遭遇するうちに、そんな時でもうちの犬は何事も起こっていないかのようにじっとしていることにはたと気づいた。反射して動いてしまわないよう、意識しているからこそできる技なのだ。

一緒に暮らす2頭の両方がそうではなく、じっとしているのは片方だけだ。
もう片方はむしろ、相手の犬の反応に先回りしようとするようなタイプなので、このような様子は見られない。
じっとしている方の犬も、だからといってすべての犬に対して友好的にあいさつをしたがるかといえば決してそうではなく、相手を選んでいる。でも、選んだ相手に対しては余程のことがない限り、まず緩やかな動きで、そして相手の急激な行動に対してはじっとしていることで対応しているのだった。

そんな様子を見ていて、武術の心構えのひとつとされる、ある言葉が心に浮かんだ。

『静中に動あり、動中に静あり』

Photo: Satoko Ogata

武術の世界とは無縁の生活をしてきた私が言うのもなんだが、じっと静かにしている動作をしていても、周囲に気を配り変化に対応できるような心持ちでいること、そして激しく動いているときでも、心の中は落ち着いていることが大切、といった意味合いを持つ。

吠えられてもじっとしているのは、まさに静中に動ありではないかと。いや、もしかしたら、犬同士の関係性を表すならば、静を以て動を制す、というほうが正しいかもしれないが。

ある意味動作は静止の連続とも考えられる。動きは気づきやすいものの一瞬にして過ぎ去るし、動きばかりに目が行くと、静止を見過ごしてしまいがちになるとも思う。また、静止することは動きの一種でもあり、そこには内なる強く激しい気持ちがあるかもしれない。そして一見派手な動きをしていても、心の中はとても冷静な状況にあることもある。もちろん何も考えずにただひたすらボーっとしているときだってあるだろう。

動きの中に見る心の静、そして静止の中にみる心の動。
動きと気持ちが相反することも想像しながら犬と接すれば、より深く何かが見えてくるようになるのではないか、たまにそう思ってみては犬たちを眺めて暮らす毎日だ。

2016年 10月