飼い主の独り言 ベックマン美穂

ちょうど4年前、とある事情から保護犬を我が家へ迎えることになった。

その犬は、ハンガリーで子犬の時に保護され、ドイツの保護団体の手でティアハイムへ来ることになりその後ある家庭に譲渡されていた。私と主人はその家庭を訪ねて会いにいったのだ。
初めて会った時の第一印象は、普通の家庭で暮らしているとは思えないほど、ストレスいっぱいで、異常におびえている様子だった。飼い主から依頼され仲介をしてくれたドックトレーナーの話によると、最初から人間(特に男性)をとても怖がり、子供たちがわいわい走り回ったり、大声をだすのに対してとても悪い反応をするとのことだった。食事はたくさん食べているのだが、慢性の下痢に悩まされており、遠目から見てもあばらやおしりの骨が見て取れる状態だった。

何が私の気持ちを動かしたのか今でもはっきりしないが、とりあえず、最優先事項として先住犬との相性を見ることと、最短でも1カ月ぐらいかけて段階的に様子をみさせてもらいたい旨を伝えた。この犬がこの先いろいろな家庭をたらい回しになるような事態を避けることが、この場合一番大切だと思ったのだ。
結局、紆余曲折の末、我が家へやってきた彼女は、ストレスからくる体臭がとてもきつく、相変わらず下痢症状も続いていた。すべての物音に過剰に反応し吠えまくり、落ち着かないそぶりが最初続いた。
どうもこの様子ではトーレーニングを施す云々のような状態ではなかった。

我が家へやってきて間もないころ、ソファーの私の隣で横になっていた彼女が突然何もない壁に向かって唸り、激しく吠えはじめた。私にとってはただの壁である、でも何も言わずに彼女を見ているとただ事ではないのは明らかであった。
そこで、彼女と同じ目線の高さで、彼女が見て唸り、吠え続けている壁を私もじっと見てみた、すると…「お化け」が見えるではないか! 日光が窓から入り込み、突然壁に光の反射模様が出現していたのである。

Photo: Miho Beckmann

彼女にしてみれば一大事だったにちがいない。ただ、私にも見えるものは「退治」できる。光を遮り、お化け退治が終わったと同時に、彼女は落ち着き昼寝に戻っていった。
こうやって、我が家の「お化け」退治の旅がはじまり、一つ「お化け」退治できるたびに、彼女のお化けだらけの世界が静かな日常に変わっていく。そこには人間の言葉もトリーツも何もない。
犬が見て感じていることがわかればお化け退治に言葉はいらないのだ。

2016年 9月