幻の犬種図鑑を電子書籍で アルシャー京子

おそらく誰もが「お気に入りの本」というのを持っていることと思う。

私の場合、お気に入りの本は本当に何冊もあるのだが、その中でも特に敬意を表する本がある。Hans Räber著による「Enzyklopädie der Rassehunde(犬種図鑑)」だ。

Hans Räber(ハンス・レーバー)氏は、1955年から1990年までスイス・ドッグスポーツ協会会報誌の編集者であっただけでなく、スタンダード・シュナウザーのブリーダーとして45年以上の経験を有し、ショーのジャッジはもちろんのこと、スイス畜犬協会スタッドブック管理長を20年務めた経験を持つ。さらにはFCIのスタンダード委員会会員でもあり、数多くの犬学的専門書を国内外に残した国際派の犬学者である。

スイスという多言語の国に生まれ育ったせいだろう、Räber氏は自身の語学力を生かしてフランスやイギリス、ドイツなど多くの犬種を生み出した国々の犬に関する数々の書物や文献を細かく調べ上げた。彼の著書には、その成果ともいえる各犬種の誕生と保存にまつわる当時の様子がつぶさに表現されている。

そんなRäber氏のライフワークの集大成ともいえるのが「Enzyklopädie der Rassehunde(犬種図鑑)」で、2巻900ページにはFCI公認犬種と非公認犬種が網羅されているから、犬種オタクにはなんともたまらない代物だ。1巻3kg、2巻合わせて実に6kgのこの図鑑、開くたびにその重さが内容と共に腕にのしかかる。

Photo: Kyoko Alscher

ちなみにこの図鑑の写真の多くはかのEva-Maria Krämer(エーファ・マリア・クレーマー)女史のものである。Krämer女史は知る人ぞ知る犬写真家であり、彼女自身も多くの本を著した犬種のエキスパート。Räber氏とKrämer女史、この二人の夢のような共演はこの図鑑以外にありえない。

残念ながらRäber氏は2008年に他界し、この図鑑もまた廃版となり入手が困難な幻の犬種図鑑となりつつあった。しかし出版から実に20年たった近頃、ようやくこの図鑑が電子書籍版として再び流通し始めたのは、やはりこの図鑑の内容が後生に残すべきRäber氏の遺産として多くのファンシャーから望まれていることの結果ではないかと思う。

私もこの本を何度も読み返しながら、ときどきタイムスリップした気分になるのが好きだ。

この話を聞いて「読みたくなった!」という方、ぜひドイツ語辞書を片手にがんばって欲しい(のだが、すべての犬用語が辞書に載っているとも限らないということを了承の上でチャレンジいただきたい)!情報量のあまりの多さに負けないよう、ただただ健闘を祈る。

2016年 8月